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日々の隙間を埋めるもの

自分で決める

おすすめ記事に出てたやつ。

orangestar.hatenadiary.jp

 

最初の漫画がわりと同意できる内容。まぁ「傑作」とか「名作」とかの言葉の定義問題になってくる話でもあるんだけど、作品の善し悪しとか好き嫌いは自分の気持ちや感性で判断したいよねって話。

売れれば名作、売れなければ駄作って判断はお金を生む「商品」としては正しいんだろうけど芸術性を求める「作品」としてはそうじゃないだろうし。売れてるものは大概いいものだけど売れてないものが悪いものかっていうのは違うしな。宣伝とかマーケティング的なのが失敗してるってこともあるし。カップヌードル好きだけどわかめラーメンも食べたい。わかめラーメンは売れてるけど。

未知の作品への取っ掛かりとして周りの評価ってのはとても気になるしどうせ触れるなら良いであろうものがいいに決まってる。でもそこで自分のフィルターを通した結果いいか悪いかは自分でちゃんと判断しなくちゃ。周りが悪いって言ってるからこれは悪いってのはひどいかと。まぁ悪い評価なものを自分にはピッタリかもと思ってわざわざ手に取ることはないだろうし世間の評価を自分の中で覆すってのはむずかしいか。

あと本や音楽でよく感じるんだけど好きな作者が出す作品全部好きってやつ。そんなバカな。当然作品のクオリティにムラはあるし、それを聞いたり見たりしてる自分の立場によって感じ方変わるだろうにいつも新作サイコー!とか言ってるやつって最早その作品見てないでしょ。好きな人が作った→作られたもの全部好き。どうしてそうなる。

100年後に日本中の全員が知っている本になったとして、(たとえば宮沢賢治とか)それじゃ、その本は、100年前は駄作で、100年間のうちに知らずに文章が入れ替わって、面白くて価値のある作品に代わっていたのか、というと、そんなことはない。そこに書かれた文章はずっとそのまんまです。ただ、人だけが変わる。

まぁみんながみんな自分で考えて判断する人ばっかじゃないし、それが面倒だから周りの評価で判断てのは基準の一つとして正解でしょ。世間の評価なんてきっと時代背景等も含め流動的だし(上の引用の例えとか)、自分の評価だって時間が経って経験値をためて再び触れた結果評価が変わることもあるだろうから個人の評価も世間の評価も当てになんかできないわ。

しかも、こういうのは価値観の押し付け合いになるだけだと思ってて

  • 周りの評価に流されずに良し悪しは自分で決めろ
  • 売上という確かな数字があるんだから良いに決まってる
  • 多くの人に好評価なんだから良いに決まってる

っていう人達が争うだけだからホント不毛。

 

 

ぼく個人的には自分の好きなものくらい自分で決めるわ派です。自分の考えてることをちゃんと文章にまとめるのはむずかしいと毎度感じる。まとめられない。